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広島地方裁判所 昭和43年(行ウ)29号 判決 1970年9月24日

原告 富士鋼業株式会社

被告 福山税務署長

訴訟代理人 古館清吾 外七名

主文

被告が昭和四二年一一月二九日付で原告に対してなした、原告の昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までの事業年度における所得を金二四、六二八、一八一円と更正した処分(但し裁決により、金二四、五六九、〇四一円と変更)のうち金二三、四七三、三一五円を越える部分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

(一)  原告

主文同旨

(二)  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、原告(請求の原因)

(1)  原告は小型棒鋼の製造販売を業とする法人であるが、被告に対し、昭和四一年四月一日から昭和四二年三月三一日までの事業年度(以下本件事業年度という)における所得を金二三、四七三、三一五円とする法人税確定申告書を提出したところ、被告は昭和四二年一一月二九日付で原告の本件事業年度における所得を金二四、六二八、一八一円と更正したので原告は同年一二月二八日、右更正処分につき広島国税局長に対し審査請求をしたところ、同局長は昭和四三年六月二四日付をもつて原処分の一部を取消し、本件事業年度における原告の所得を金二四、五六九、〇四一円と裁決し右裁決は昭和四三年六月二六日原告に通知された。

(2)  よつて、被告のなした本件事業年度における原告の所得の認定中、申告にかかる金二三、四七三、三一五円を越える部分の取消を求める。

二、被告の主張

(1)  原告の請求原因第一項の事実はすべて認める。

原告は本件事業年度内の昭和四一年一二月六日に、架空の会社である呉市仁方町田岡商会から圧延鋼材を金一、〇九五、七二六円で仕入れした如く帳簿に記載しているが、これは架空仕入れの計上であるから、経費としての扱いを否認し、被告は右金額を原告の申告した所得金額に加算して、国税通則法第二四条により本件更正処分をしたものである。

三、被告の主張に対する原告の答弁

被告の主張のうち仕入先が架空会社であり、架空仕入を計上しているとの点を否認し、その余の事実を認める。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、原告が被告に対し昭和四一年四月一日より昭和四二年三月一三日までの本件事業年度における所得を金二三、四七三、一三五円として申告したところ、被告は昭和四二年一一月二九日付で原告の所得を金二四、六二八、一八一円と更正し、右更正決定は昭和四三年六月二四日広島国税局長において原告の審査請求に基き、一部取消され金二四、五六九、〇四一円と裁決された事実は当事者間に争いがない。

二、そこで右裁決後の金額と原告の主張する所得金額との差額金一、〇九五、七二六円の有無は原告が昭和四一年一二月六日に呉市仁方町田岡商会から圧延鋼材を代金一、〇九五、七二六円で仕入れたか否かにかかるものであるから、右仕入が架空のものであるか否かにつき次に検討する。

(一)  <証拠省略>を総合すると、昭和四一年一二月三日原告会社事務室に呉市仁方町の田岡商会の者と称する人物が小型棒鋼の素材たる鉄材の売却方を申し入れたので原告会社の専務取締役である吉沢彰が応待し、物件を確認したうえ、いわゆるスポツト仕入(ルートを経ない出合取引)として購入を決定したこと、前記田岡商会の者と称する人物が大型トラツクで搬入した材料を、同日大型トラツク二台分(二五・八三五トン)さらに同月五日一台分(一五・六〇〇トン)いずれも材料受払担当社員の門田秀夫立会のうえ、原告会社備付の一〇トン検量器二台で検量したこと、一トンあたり金二六、三〇〇円の材料を二九・四六五トン、一トンあたり金二六、八〇〇円の材料を一一・九七〇トンと品質に応じて区分し同月六日納品書を書かせたうえ、代金額合計金一、〇九五、七二六円を額面とする小切手を発行し同社会計係門田好登が田岡商会の者と称する人物に領収書と引換に交付したことがそれぞれ一応認められるのである。

(二)  ところが<証拠省略>を総合すれば、田岡商会なる会社又は個人は呉市仁方町には存在した形跡がまつたくないこと、原告会社代表取締役自身も国税局係官に対し仕入先の田岡商会が架空のものであることを認めるが如き発言をなしていること、仕入代金がスポツト仕入としては当時の通常の商社仕入価格よりやや高価であること、納品書に日付が記載されていないこと、特別の事情もなく代金支払日が一日遅れていることなどがそれぞれ認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  なるほど仕入先として記帳されている者の存否が不明である場合、その事実は一般的には架空仕入をうかがわせる一つの事情となり得るが、スポツト仕入の場合にはその事実のみをもつて架空仕入と断ずることはできないことは勿論であつて、スポツト仕入が現実にあつたか否かについては帳簿、証拠書類の偽造変造の有無、脱税に向けられた一貫した作為の有無、関係者の供述内容等を総合して判断し、仕入先不明ではあるが現実に仕入があつた場合の可能性を検討しなければならない。

(四)  そこで前掲(二)の各証拠を仔細に検討すると、まず原告会社は在庫管理のため材料の移動を示す帳簿として日報制の各工場材料受払簿(外部から工場への材料の搬入状態を示す)、剪断材受払日報(工場内の剪断部門への材料の移動を示す)、圧材受払簿(工場内の圧延部門への材料の移動を示す)をそれぞれの担当者が記帳しており、右各帳簿によると昭和四一年一二月三日に材料二五・八三五トンが原告の第三工場に入り、剪断部門に渡され、さらに圧延部門に受入れられた旨記載され、同年一二月五日に材料一五・六一〇トンがやはり第三工場に入り、剪断部門に渡され、さらに圧延部門に受入れられた旨記載されており、右各記載にさしたる不自然さはみられず、又各帳簿の形状よりして操作を加えることが比較的困難であると考えられるばかりでなく、一部に検量の際の検量器のワイヤーの重量(一〇キログラム)を材料の重量に加えて誤つて記載したとうかがわれる部分もあり、その無作為性よりして前記各帳簿の信用性は比較的高いものと考えられ、又前記(二)によつて認定した仕入の状況もさほど不合理な点もみられたいのに反し、前記(三)認定のとおり仕入先不明であつてもその場限りのスポツト仕入の場合、相手方が常に真実のあるいは正確な氏名住所を表明するとも限らず、又仕入価格が商社取引のものよりやや高価であるとしても、継続的取引と一定時期の需給関係に左右されやすいスポツト取引との差を考慮すれば一概に高いとも解されず、その余の事情もむしろ真実の取引であるからこそ一部に無作為性があらわれているものとも考えられるのであつて、被告が真実の仕入と考えられないとして主張する事実はいずれも本件仕入を架空であると断ずる決定的なものとはなし難いのである。そうすると、他に本件仕入を架空であると断ずるに足る資料のない本件においては、前記(一)に説示したところにより本件仕入が存在したものとするのが相当である。

三、よつて、右仕入代金を否認し、これを課税所得とした本件更正処分は右部分につきその認定を誤つた違法があるからこれを取消し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 胡田勲 岡田勝一郎 安原浩)

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